勝負の年など無い!?常にフラットに勝負する態勢を整える3つのポイント

戯れ言

大体いつも新年になるとか誕生日を迎えるとか、そういった節目を迎えると「今年の抱負」などと言う言葉がちらほら聞こえてくるでしょう?

でも、「今年の抱負」「◯◯歳の目標」とかって、立てない方が良い人もいる。

抱負や目標を立てた方が良い人というのは、その人が在籍しているカテゴリーに明確なルールがある場合だ。

例えばプロスポーツ選手などだ。既存のカテゴリーがある場合は目標は大切になる。

だけど、そうではない人、僕のようなあまりカテゴライズされにくい人(実はこんな感じの人の方が世の中多いのではないだろか?)は抱負とか目標とか作らない方が良い。

定量的なことが結果につながる目標ならば立てた方が良いが、定性的なこととなると実はリスクの方が大きいと思う。

何故ならば、365日は等しく大切な日であり、いつ何が起きるかわからないのだから、重要なことは常にフラットでいられるかどうかだからだ。

では、どうやったらフラットでいられるのか?

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目標を立てない

目標は立てない

先程からお話ししている通り、抱負とか目標とかを立てないことはフラットな状態を保つのに必要だ。

よくコーチングなどの理論を読むと、確かに目標などを設定しろと説いているものが多いけど、個人的にはあまりオススメできない。

コーチング理論はインターネット革命以降の社会の変遷スピードについてこられるメソッドにはなっていない事が多い

何故かというと、テクノロジーが変わると人は変わらざるを得ないわけだが、そうすると身近な方法論も知らず知らずのうちに変わってしまうからだ。つまり、ゴールの場所が知らない間にズレているのに、元あった場所のゴールに向かって走ってしまうことになる。

そうなるとそもそも抱負とか目標を達成することが難しくなってくる。結果的に達成できずに「ああ、俺ってやっぱりダメな奴だ」と本来する必要のない反省をして苦しんで生産性を落とすという馬鹿げた状態になっちゃう危険性があるのだ。

特別なことをしない

特別なことはしない

ここは少し難しいところで、「特別なことをしない」=「新しいことをしない」ということではない。

むしろ新しいことはバンバン手を出すべきだ。ここで言いたいのは、自分の欲求などの延長線上にあることを「特別なこと」として切り離してしまう考え方は良くないよ、ということ。特別なことって意識の時に人が使いたがる言葉に「挑戦」がある。この「挑戦」なんてしてしまうと全くフラットとは程遠くなってしまう。

つまりは自分が興味のあることや楽しみを覚えることを、あまり肩に力を入れずにとりあえずやっちゃえばいいってことだ。

過去にとらわれない

過去にとらわれない

「過去にとらわれてしまう」というのはフラットでいられない一番の理由かもしれない。

正確にいうと僕は「過去にとらわれない」というのは「過去とうまく距離を保つ」ことだと思っている。

人間は(っていうか動物は)、危機を回避することで生き残ってきた。当たり前だけど、危ない思いをした場所にはもう二度と行きたくないでしょう?だから「過去にとらわれない」ことは人間が動物として持っているリスク回避の本能に反するから、だから難しいわけだ。そこで、過去は過去として、どんな過去に対しても「ふ~ん、あっそう、だから何?」って感じに捉えるようにする心持ちが必要になる。

それが出来ないから困るんだよ!って声が聞こえてきそうだけど、「それが出来ないからから困るんだよ!」っていう過去にとらわれていることに気づいてないんだよ。過去なんてそんなに大したもんでもないよ。

まとめ

人は利己的な生き物だ。

だけどその利己的な欲求を他者の利益に活かす術も持っていて、実はそこが一番快楽とも直結している。

矛盾しているようだけど、他者に優しくいるためにこそ、ある程度自分勝手でいることが大切だ。そこにはフラットでいることが必要不可欠だ。

過去にとらわれず、特別なことはせず、目標なんて特にいらないから、ただただフラットに欲望に素直に「サイノツノノヨウニタダヒトリアユメ」ってことだ。

という戯れ言でした。

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