共感が必要ない3つの理由!共感する必要がないという感覚の共感だけが大切

ソーシャルビジネス

NPOをやっていたりするので、共感を大切にしていると思われがちだが、僕は個人的には共感なんてほとんどいらないと思っている。

例えば僕のプロジェクトに協力してくれている人たちって意外とものすごく良い意味で自分勝手な人が多いと思う。ほんと良い意味で(笑)なんでかというと、自分の興味のあることや、どんなことが好きかとか、そういう事がまずあって、単純にその1つとしてプロジェクトに興味を持ってくれてるというスタンスだからだ。それって巷で言われている同化していくための共感ではなくて、むしろそことは真逆のベクトルが働いている。では共感の正体とは何なのだろう?

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共感が必要ない理由

強制的な共感はむしろ暴力に近い

僕はNPO運営者の中ではかなり異端だと自分でも思う。NPO法人を作るというのはただの方法論であって、それ以上でも以下でもないと思っている。だからあまり一般的なNPO運営者の人とは話が合わない事も多い。というのもやはり社会貢献事業を行う活動は人々の善意(?)に働きかけて「共感」してもらう事が大きな活路の1つだからだ。でも、それは本当に良い関係性なのかというと甚だ疑問に思うことも多い。

かなり前にとある集まりに参加した際に、とてもユートピア的な話でグループが盛り上がった事があったのだが、僕はそこで「で、それって何を解決するんすか?あと、どこで利益出すんすか?」と発言してしまい場を凍りつかせた事がある。僕としては話の方向性には賛成だしむしろ話題をより具体的にするために放った言葉だったのだが、完全に敵として認識されてしまった。つまりそこには強制的な共感の空間が出来上がっていたわけで、それは結構暴力なのだ。

共感からくるジレンマは社会に良いことを減速させる

このような体験は学校や職場や友達関係など様々な場面で、少なからずあなたも経験した事があると思う。

その最たるものが社会貢献分野の根底には流れている。例えば「プロジェクトへの寄付金は、活動者の給与などの向上に使うべきではない」という暗黙の威圧だ。あたりまえだが、プロジェクトというのはその従事者の生活の安定があって初めて成り立つものだし、従事者の生活の向上はプロジェクトの精度(支援や活動の質)も底上げしてくれるのだから、結果的に非支援者の生活も向上するのに、「NPOなのだから余計な利益をとってはいけない」という変な考え方に結びつく。特に事業型ではなく寄付金が生命線となっている団体はこの思考とうまく付き合わなければならなくて、結婚を機にNPOを退職して給与の良い一般企業に移るというジレンマさえ生まれている。僕はNPOこそ年収1000万円クラスが普通になるべきだと思っている。一般企業では数千万円や数億円の年収はざらなので、そんな暴利ではないことは少し考えればすぐに分かることだ。最低限の生活が確保されない業界に優秀な若い人が集まるわけがなく、就職に有利になるからという経験作りのステップとしてしか興味を持たれなくなってしまうリスクもある。すごく優秀なNGOのインターン生と以前雑談をしたのだが、僕が「このままこの団体に就職しないの?」と聞くと「団体の活動は素晴らしいしやりたい気持ちも強いけれど、その先の生活ができないので普通の企業にまずは就職します」と返ってきたことがある。これはNPOが抱える深刻な問題点を表す生々しい言葉だ。また、NPO自体もこういった問題に対して真っ向から自信を持って説明できる体制や姿勢を持つ必要もあるだろう。

共感しなくても良いという感覚だけに共感するとフラットで良好な関係になる

共感という言葉をどう定義するかにもよるのだが、重要なのは主体性があるかどうかだ。自分というものを主張して相手を否定するということではなく、自分の主体性を自分で認めるからこそ相手の主体性も認める、というスタンスのことだ。ここにあるのは「共感しなくても良いという感覚の共感」だ。私事になるけど、僕のプロジェクトに参加頂いているオーナーや店主さんは支援が組み込まれていることに対して(支援の対象者に対して)「かわいそう」という感情から参加している人はほとんどいない。それはこちらの事を尊重してもらっているからで、だからこそ社会問題についてもフラットに情報を受け取ってくれるし、具体的な協力もしていただける。

これが共感というものだけをベースにすると「かわいそう、だから手助けしたい」という感情から入り、スポットを当てている社会問題も、プロジェクトとの関係性もフラットにならないのだ。

まとめ

産業革命が起こるたびに、人類のスタンスは変わらざるを得ない。これは第三次産業革命のインターネットの時にも私達は経験済みだ。そしてAIを代表する第四次産業革命がすでに始まっている。どれほどのスタンスの変化をもたらすのか、想像できない。だが1つだけ確実なのは今までの産業革命の中でも1番大きな大転換になるということだ。

その中でも重要となるのは今回取り上げた「共感」という思考だ。

ともすると良いことに聴こえる「共感」は、個人が本当の意味でフラットに発信が出来るようになる現代以降において不必要なのだ。

誤解して欲しくはないのだが、優しさを捨てろと言っているわけではない。むしろ他者に優しくいるためにこそ共感を捨て、「共感しなくても良いという感覚だけを共感」する思考を持つ方が他者を尊重するのにベターだという話だ。

人間はどこまでいっても関係性で出来上がっている生き物だ。どういった思考でいることが関係性を本当の意味で良好にできるのか?僕自身もずっと考え続けたいと思う。

というお話でした。

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