個人を賞賛するメディアを信用してはいけない3つの理由

ビジネス論

昔は特定の個人の生き方とか、あるサービスを生み出した社長を取り上げた番組とか本とか、そういうのを読み漁っていた時期があります。

ただ、今になって思うのは、知識として以外にはあまり役に立たなかったなという事です。あくまで知識としては良いんですけどね。

というのも、はっきりいうとあーゆうのは「嘘」だからです。世の中の90%以上は偶然の力が強いのに、その部分はすっ飛ばしてあたかもその人のその考えがあったから成り立ったという切り取られ方をします。

結果的に1番まずいのはそれを丸々信用して形だけ真似することで、失敗して挫折し、うつ病になる、というパターンです。

では、具体的にそういった個人を神のように取り上げるメディアを信用してはいけない理由を挙げてみようと思います。

偶然という大きな力を無視している

ほとんどは偶然

先ほども書いたように、物事の多く(というかほとんど)は、特定の個人がコントロールできるはずもない「偶然」という力に支配されています。ですが、メディアが「Aさんが成功したのは偶然です」と言ってしまうとテレビ番組なんて3分で終わりますし、本なんて5ページで終わります。ですから、大前提としておかなければならない「偶然」を全て取り去って物語(フィクション)が展開されるため、僕らの人生に置き換えて考えると痛い目を見るわけです。

出来事を「誰かの意図」と結びつける本能

誰かの意図

僕らは狩猟採集社会の時代に生き延びた先祖の子孫です。その時に生き延びた祖先というのは、めちゃくちゃ不安の強い奴らです。暗闇があったら「猛獣が潜んでいるかもしれない」と考えて、結果的に10回に1回でも本当に猛獣が潜んでいた時に生き延びた遺伝子です。つまり、僕らはもともと何かコトが成された場合に、実際はそこには不特定の登場人物がいただけにも関わらず「ある特定のすごい人が意図を持って作り上げた」と思ってしまうんですね。この本能を知っていないと、前述の「偶然」を無視してしまうので、自分と比べて精神が病んでしまいます。

あの有名人とあなたは別人という事実を無視して同化を求めてくる

アウトプットとインプット

インプットとアウトプットは連動しています。これはどういうことかというと、個人の行動はそれまでのインプット(あらゆる情報)の結果(アウトプット)であるから、一人一人絶対に違うものであるという事です。

つまり、本田圭佑の真似をしても本田圭佑にはなれないし、下手に真似してしまうと「うまく出来ない自分」を経験することによって幸福感が下がります。幸福感が下がるとあらゆるパフォーマンスにも影響するので決してステキな人生にはなり得ません。(本田圭佑さん自体は好きですよ)

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頑張って楽しんで、あとは「偶然」だと割り切った方が健康的

頑張るなと言っているのではなくて、何か頑張るとか楽しむとかの際には、偽りの人物を参考にしても幸福にはなれないよってことです。何か頑張って楽しんで、それでたまたま有名になってしまうのならばそれも偶然として謙虚に、逆の場合も世の中殆どが偶然なんだからまた頑張ればいいや、楽しいし、くらいなスタンスの方がいいんじゃないかなって話です。

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