人間は無駄が好き?超効率化社会では無駄なことをする人が得をする3つの理由とは?

戯れ言

人間はもともと、無駄なことが好きな動物である。

幼少期を思い出してみれば、気の赴くままに利益など考えずにただ「好きなこと=無駄なこと」を追いかけていただろう。

しかし世の中、無駄なことが無くなっている。

第三次産業革命(インターネット革命)以降、さらにスマホが登場したことでその流れは加速度的になってきているし、今後通信スピードがより向上してAIやIoTが普及してくるとそのスピードは更に上がっていく。

人間は何も自分でやらなくなると脳だけを使うようになるから、宇宙人と言われているグレイはマジで未来の人間の姿なのかもしれない。(身体は退化して頭だけ大きくなる)

こう話していくと、無駄を排除して効率を求めていく社会にどんどんなっていくように思うだろう。もちろんその要素は確かに進んでいくし、止めようもない。

だが一方で、そのように無駄を排除した超効率化社会の中で人間が辿り着くのは「無駄な事をすること」以外にはない。

一体どういうことか?無駄とは何か?

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超効率化社会では人間がやることがない?

効率(無駄の排除)を突き詰めていき、そこに科学技術が常に追いついてくると、ある時点で人間は労働できなくなる。つまり労働自体が無駄と判定されるわけだ

現在でさえ地球のどこにいてもほぼリアルタイムでコミュニケーションは取れるし、あらゆるカテゴリーが自動化されてきている。例えば掃除はルンバがやってくれるし、極端な話Amazonの定期購入を申し込んでおけば最低限必要なものも常に家に届く。

会社という枠組みも必要なくなってきているし、超高速なコンピュータでアルゴリズムを組めば、ほとんどの仕事は自動化されてしまう。

今後はここにAIのシステムがものすごいスピードで導入されていくので、僕らが仕事(=労働)をする余地がなくなっていくのだ。これがよく巷で言われている「AIに仕事を奪われる」ということなのだ。

BI(ベーシックインカム)の導入

世界各国で議論に上がっているBI(ベーシックインカム)は、何故その議論が盛り上がっているかというと、近い将来労働者という言葉自体が無くなるかもしれないからなのだ。

簡単に説明すると、ベーシックインカムは世帯の人数分だけ毎月決まった金額(7~8万円程と言われている)を無償で供給する社会保障システムのことだ。2人子供がいる世帯なら毎月何もしなくても30万円前後が支給されるから、極端な話として働いて稼がなくても贅沢さえしなければ生きていける。

話を戻すと、このベーシックインカムが求められるのには切迫した理由があって、それは先程から話している「労働者がいなくなる」からなのだ。そして、労働できなくなった人間はベーシックインカムが無ければ悲惨な状況になってしまう

機械が労働をして生産性は抜群に上がるのに、世の中に浮浪者が溢れるディストピアの状態に本当になるかもしれないのだ。

無駄なことが逆に価値を生み出す社会

では、仮にベーシックインカムやそれに代わるステキシステムが導入されたと仮定しよう。

そこで僕らは何をするのだろうか?

まず一部の人々は資本家として新しいシステムを生み出して経営していく。今の常識の中で一般的な仕事という概念を引き継ぐのはこの資本家たちだけだ。

そしてその他大勢は「好きな事をして日々過ごしていく」という状態になる。つまり、超効率化社会はある臨界点を超えた時、人々に無駄を求め始めるわけである。

ベーシックインカムは怠惰な人間を増やす?

好きな事をして過ごす、と言っても現代のように「社会的成功」を目指す必要もない。

そんな強制はどこにもないので、例えば一日中家でゴロゴロしていても良いし、漫画見てたって良い。

ベーシックインカムの話をすると怠惰な人間が増えるという反対が起きるのだが、そういった意見はマジで人間ってものを分かっていない阿呆だと思う。

ニートや引きこもりが何故発生するのか?

もちろん原因は様々だが、根底にあるのは生産性を求める社会という魔物からの見えない脅迫だ。その脅迫があるから不安が生まれて、人は逃避する

僕はある意味ニートや引きこもりの人の方が生物として優れているとさえ思う。だって社会の雰囲気を敏感に「感じ取る」ことができるのだから。

ではベーシックインカムを導入すると本当に怠惰な人間が増えるのかというと全くの逆だ。

一部の本物のダメ人間は置いといて(ちなみにそういう人たちも生きる権利はある)、その他の大勢は社会からの脅迫から解放されるのだから、逃避して家でダラダラしていようとは思わなくなる。

そうすると面白い事に「もともとやりたかった何か」をやるようになるのだ。

子供の頃を思い出して欲しい。

誰に言われてもいないのに大学ノートに漫画を描いていなかったか?よく分からないゲームを作り出して近所で遊んでいなかったか?チラシの裏に絵を描いてはいなかったか?

何かしらやっていたでしょう?

そういう状態になるのだから、かえってベーシックインカムはニート的な人々がもともと持っている人間としての活力を回復させて活動的にさえするのだ。

ここら辺は様々な導入実験から実証もされている。以前僕の書いたドイツの民間ベーシックインカム企業の記事も興味のある人は読んでみてほしい。

マイン・グルントインコメン

ソーシャルビジネス事例⑰ マイン・グルントインコメン 民間ベーシックインカム(UBI)という実験企業
ミヒャエル・ボーマイヤー氏は「マイン・グルントインコメン mein grundeinkommen(私のベーシックインカム)」 という企業を起ち上げて、インターネット抽選イベントをライブ配信し、実際に2014年から既に85人(うち10人が子ども)にBIを提供しています。

無駄な事を突き詰めると逆に豊かになる?

そうなると、無駄な事=好きな事 を社会的な強制(成功しなければならないという脅迫)なしにずっと続けてられるので、その中でたまたま需要がある人だけに少しだけ多めにお金が回ってくるようになる。

例えば単純に絵が好きでずっと描いているABCの3人がいて、その内Aの作品だけは欲しいという人が現れる、という感じ。もちろんベーシックインカムが導入されているからBもCも変な気持ちにはならない(少しは悔しいとか思うかもしれないけど、多分ならない。何故なら同じ指標で描かされているわけではないから)。

だから逆にいうとどんどん新しい事に興味を持って動き回る人の方がそういったチャンスは多くなるし、「あいつ面白え」となって周りに人が集まってきてそれがビジネスになる可能性もある(勿論適当にではなくて、バカみたいに真剣に取り組むことは大前提だが)

先程労働については一部の資本家だけが行うと言ったが、そうではないものに価値がついていくので、人はそこにお金を落とすようになる。

そしてそこは全く生産性を問われないビジネスになるのだ。

既に無駄を突き詰めていく時代になっている

では、この無駄な事=好きな事 だけをやっていくのはまだまだ先の話なのかというとそうではない。

何故ならもうこの流れは始まっているからだ。

ライブ配信サービスで月に数百万円稼いじゃう女子高生がいたり、自作のアクセサリーだけをシェアエコサービスで販売して生計立ててる人もいる。

こういった人はいざ前述のような社会が到来した時にも非常に強い。感覚的にそのような生き方に慣れているからだ。

何も難しい事を言っているわけではなくて、今の仕事を辞めろとかそういう話でもない。ただ、自分が何かやってて面白いと子供の頃思ってたものとかを、仕事帰りや休日などに始めてみればいいのだ。

次の時代に対する肩慣らしのようなものだし、何より楽しい。

無駄を無駄と思う思考が無駄なのだ

ベーシックインカム導入の先にあるユートピア社会は現実的ではないのか?

※ユートピア・・・現実では決して実現しない理想的な社会のこと。(真逆のことをディストピア)ここではトマスモアの定義ではなく、単純な理想郷として使います。

政府で長く働いている友人と話した時に「日本でのベーシックインカム導入は、現場を知っている立場からすると現実的ではない」という意見を聞いた。

だが、もう一つ面白いのは、僕は続けて彼に「じゃあ立場とか無しにして、個人的にはベーシックインカム導入はされた方がステキなのか?」と聞いた。

彼は「それはステキだと思う」と答えた。

この世の中に「現実的ではない」事などない

逆に言うと、僕らが経験していることの全てが実は現実的ではない。奇跡に近い。

僕らがこの地球上で呼吸をしている事も現実的ではなくって奇跡でしょう?

でも僕らはこうして今呼吸をして生きている。

綺麗事は言った方がいい。

だって綺麗なのだから。

「現実的ではない」から無理なのではなくて、「実現したらステキな事」だから知恵を絞って進んでいくのだ。

まとめ

超効率化社会の果てをどのように選択するのかは今現在の僕とあなたにかかっている

その選択によっては未来がユートピアになるのかディストピアになるのかが決まってくる。

僕はどちらかというとユートピアの社会を見てみたいなと思う。

というお話でした。

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